こんにちは。ご機嫌いかがですか?私はまぁまぁ元気です。noteで見ていただいてる方に申し上げます。はじめまして。私の詳細ははじめましての挨拶欄に掲げた文書をお読みください。夢の家のホームページをお読みいただいてる方、突然ですが、実はこのブログのこの場(夢の家のホームページ)での公開は、今回限りで一区切りにしようと思います。掲載してるホームページの管理者さんもいなくなることだし、夢の家の貴重なアピールの場を私の考えごときのもので汚してはならないと思ったためです。Googleのnoteというアプリに引っ越して、これからは細々とやって行こうと思います。お暇だったら見に来てください。ペースは相変わらず「毎月1日の月に1編」の予定です。
当然ではありますが中途身障者である私は(私も)、毎日の暮らしにおいて、残念ながら自転車には乗ることはできません。テレビニュースを見ていても、自転車なんか(なんか?)には興味がないから「道路交通法を改定して、自転車にも青切符導入」の話題にも、ただぼんやりと画面を眺め続けるだけです。「あっそう、ふうん、罰金かぁ。罰金は案外激しく精神的ダメージ受けるもんだ。世間の人もさぞかし気に病むことだろな」と、まさに「他人事(ひとごと)」のようです(他人事だけど)。大多数の一般人は「実は自分にもおおいに関係あることが、内心的にも表層心的にもわかってる」から、このニュースキャスターを食い入るように睨み(にらみ)つけます。
表層で考えることとは「罰則の詳細が知りたい。たとえ捕まっても、前科者にはならないらしいけど、何をして捕まったらいくら払うの?こんな場合はどうなるの?」というものです。捕えられるんじゃなく、呼び止められて切符を切られるだけ(だけ?)だけど、権力の力づくを思わせて何だか恐いことです(私達の警察のイメージ)。
その一方、内心で考えることとは「罰金かぁ。暮らしにキツイな。俺の印象悪くなるな。払いたくない。ヘルメットやシートベルトの時みたいに、こうしたことで段々世の中も変わっちゃうかも。変化するのはいやだけど、今が変わる時なのかなぁ。ついて行けるかなぁ。めんどくさそう」なんて内心だけで思ってるかも知れません。それはたぶん合ってます。内心では「この変わりっぷり、マジでヤバい」と気が付いてるはずです。私も「世の中変わる」と思います。
しかし、この件の本当のターゲットは「自転車の安全な通行」ではありません。不安全行為をしたやつは捕まえるけど、それが目的ではありません。捕まえることが目的ならば切符切りじゃなくて「逮捕」します。その目的を私は「保険トラブル解消」だと思います。彼らは、もの凄く手を焼いてるのです。例えば「自転車と歩行者の事故責任比率」と「自転車と自動車運転手の事故責任比率」など。比率を決めるのは保険会社ではなくて当事者(当事者代理)ですが、怒鳴り込む先はいつも警察です。その身に覚えがないままに、保険会社から「事故責任比率決定」のはがきが来ます。そして警察に怒鳴り込み。散々手を焼く交通トラブルの撲滅ねらいだと思います。歩行者から見ると「犬と散歩してたら、ながらスマホの自転車にぶつかられた。なのに、2対8?2割が俺に責任ある?散歩したことが悪い?通り掛かったことが悪い?納得できない。0対10だよ絶対に」。自動車運転手から見ると「イヤホン自転車乗りが突然四つ角に飛び出して来た。たぶん俺の自動車の音が聞こえなかったんだろう。一時停止義務もあっち。なのに5対5?5は俺?怪我させた俺が悪い?どっちが交通強者かなんて知らんけど、強者にあたると言われてもそれは俺が望んだことじゃない。納得できない。0対10だよ絶対に」これ、案外多いです。0対10なんて私は聞いたことありません。いくらかは負い被されるものです(あなたも経験したことあると思う)。0対10は本当は警察もいやがります。だって文句たらたら言われるから。突然飛び出して来た、にちなんで、今回のテーマは、突然思い浮かんで来た名前の「ペリーさんやザビエルさんは何しに来たの?」です。
唐突にお尋ねしますが、あなたは「パンドラの箱」をご存じですか?たぶん「パンドラさんという人が持ってる開けてはならない箱のことかな?開けたら災いが起きる箱だそう」なんて、ぼんやりした認識や記憶だけがあることだろうと思います。物語りまでは知らないけど、タイトルと主人公の業績程度(何した人なのか)は何となく聞いたことがあると思います。それはたぶん間違いでもないけど、せめて出典ぐらいは知っていたい、と思ってるのではないでしょうか?「もっと詳しく教えてくれ」と言われた時に困ってしまいます。
この話は一通り読んだだけでは何の面白味もない「ギリシャ神話」の一節です。ギリシャ神話というものは「大抵は堅物でくだらなくてありえない物語りだけど、言い得て妙なところもたまにある」の一面が色濃くあります。パンドーラ(俺はこう訳す)さんは神様ではありません。ギリシャ神話には珍しく人間です。2番目に土から作られた女性です。1番目が「イブ」。大変有名な人ですね。イブは、食べてはならないと言われた果実を食べた人。パンドーラは、開けてはならないと言われた箱を開けた人。「男はすべからくスケベかつアホだけど、女はおしゃべり過ぎて好奇心有り過ぎ、余計なことばっかりする、たまらんなぁ」。男女問わずグサッと刺さった人もいると思います。ちなみに、パンドラの箱は箱ではありません。ふた付きの壷です。様々な途方もない災いが出て来た後で、一番最後に出て来たものは「希望」。これも「示唆的」ですね。えっ?「これも示唆的」だって?。何かあったっけ?
このことこそが「世界史をかじったことがある」すなわち「つまらんギリシャ神話を読んだことがある」、ということなのです。ある日私は「パンドラの箱」という言葉を聞きました。するとなぜか私にはペリーさんとザビエルさんの名前が浮かんで来ました。3人はお互い縁もゆかりもないはずなのに、不思議です。教科書に載った人繋がりなんでしょうか?パンドーラさんが教科書に載ったことは比較的珍しかったと思います。ちゃんとこのように書いてありました。「土から生まれたイブとパンドラ姉妹」。私は後日(20~30年後)それに書き加えました。「ならば、桃から生まれた桃太郎、アースが生んだ正義のマグマ」。…すみませんでした。
今から半世紀も前のことですが、私の高校生時代には「社会科」という教科は、一応細分化されてたけどまだたったの3つ。それでも3つあるだけでもマシな時代でした。「世界史」と「日本史」と「地理」だけでした。私が高校に入学した年かその翌年なのかはよく覚えてないけど、4つ目の選択肢としての「公民」がようやく始まりました。「公民」は未だにあるけど、開始当初のそれには「現代社会」的要素も混じってた?と思います。「公民」が始まった当初はまだ参考書も少なくて、様子見の意味もあって選択する人は殆ど(ほとんど)居ませんでした。ちなみに理科も、4つ目の選択肢としての「地学」が始まり、こっちは誰が言ったか「既存の物理・化学・生物の難しさに比較して、入試問題の難易度が低いはず」という噂が立って、選択する人もチラホラ見掛けました。実際にテスト問題の難易度が低かったかどうかということは、私が「どうせ解けないくるくるぱあ」のためわかりません。とにかく間違いだらけでした。
その頃始まった共通1次試験(今はなきセンター試験の更にさきがけ)の規定によって、社会科細分化4教科のうちの2科目選択しなければならない状況でした。私が高校3年の時に「実施側の予行演習のためのプレ共通1次試験」が、浪人生(通ってた予備校は河合大学と言う名の塾)の時に「初の共通1次試験」がありました。初めて見たマークシートにてこずったものでした(何を選んでも当たってる気がした)。私の選択は第1が「地理」で第2が「世界史」(比較的得意だった)、一番苦手感があって選択しなかったのが「日本史」でした。この3つか4つの中でその当時、最もそそられませんでした。
でも、この年齢になって、最もそそられるのが「日本史」です。いかにも「年寄りあるある」。なぜか年取ると日本史を好むようになるのです。触れる機会も多くて、距離感が近いからかなぁ?
年寄りの日本史好きの光景は、子供時代から見かけてました。「俺にはその気持ちは今はまだわからないけど、年取るとそんなもんなのかなぁ」と思ってました。その一方それに反して「好き嫌いは一生モノだ」と信じて疑ってませんでした。だけど、今は違います。今や私が好きなのは日本史です。新撰組?政府のワンクッション(会津)置いたお抱えヤクザかチンピラか?維新と革命どう違う?あ、ほぼ逆か?日本史が嫌いなはずなのになぜか無性に惹き付けられます。
ペリー総督の浦賀来航の話しはご存知ですよね。蒸気船に驚かされたという記述が残ってます。あの時代にあんな複雑な機械装置で動く船を見ればそりゃ驚くでしょう。長い間の航海による石炭の汚れを見て、櫨(ろ)や帆(ほ)だけじゃなくこんなもの(石炭)でも船は動かせるんだと驚いたはずです。初めて見る鑑載型の大砲を見て、あんなものぶっぱなされたら俺達はどうなってしまうんだ、と震えたことでしょう。教科書にもそのように書かれてます。
ここで私は思います。「ペリーさんは何しに来たの?」
ペリーさんについて詳しくは教わりませんでしたけど(年号だけ暗記させられた)、よもや「開国したほうがいいよ」と教えてくれようとする親切心を抱いて(いだいて)やって来たわけではないだろうと思います。そもそも我が国は鎖国宣言なんてしてません。事実上そういう体制だったとしても、親切に「鎖国は時代遅れだよ」と諭し(さとし)に来てくれる理由がありません。
それとも、ペリーさんは不平等条約を無理強いして締結させて歴史に燦然と輝く汚点を残すためにやって来たの?でもそれでは破壊的かつ虐め的過ぎます。人は誰でも自分だけががかわいいものです、他人(日本)のことなんてどうでもいいはずです。じゃあ「国から命令されて派遣」されて来たの?それとも実は、アメリカには「世界征服」を目論む専制君主!さんが住んでいて(当時はいない、今はいる、かな?)、当時の列強各国に遅れを取るまいと派遣された人なの?そういう時代だったもんなあ。だけどアメリカに専制君主なんていたっけ?
それとも、単なる物見遊山のために、ご丁寧に手下供を引き連れ、怖がらせがてら遊びに来たの?「テッテレー、ドッキリ大成功!怖かった?ねえ、怖かったでしょう?」なんちゃって。
実はそうではありません。「あわよくば植民地に」という下心は、たぶんひそかにあったんじゃないかと思います。だけど、その当時の「世界一の人口」を誇る大都会江戸を有する日本には、たとえ大砲で攻撃しても、人海戦術で反撃されるかも知れません。そして何より「鉄砲製作技術漏洩(我々目線では鉄砲伝来)以来、あっという間に完成度の高そうな複製を作りまくって保有数一位の隠れ軍事大国になった日本には、そう簡単には手だしできなかったのです。撃ち殺されるかも知れないから撃たれる前に怖がらせ、というのも、あながち間違いでもなかったかもしれませんが、ペリー来航の表向きの大義名分は、「捕鯨船補給地の設定」です。でも、今それを真に受ける人はたぶん居ません。それが証拠に、各社発行の教科書に一言も「捕鯨」とも「燃料食糧の補給」とも出て来ません。
つまりペリーさんは、心の中に植民地化調査という下心を抱きつつ、鯨のためにやって来たのです。。
日本史視点で見たら「ペリーの浦賀来航」、世界史視点で見たら「野蛮地域の捕鯨時の食糧補給基地捜索と植民地化の模索」だったのかなと思います。真相は闇の中です。言われたことや書かれたことを真に受けてはなりません。一捻りあるものです。来航じゃなくて捜索。鉄砲伝来じゃなくて鉄砲漏洩。
フランシスコ・ザビエルさんと、二代目宣教師のルイス・フロイスさんは何しに来たの?そもそも、ザビエルさんのポルトガル出発時の目的地は「ジパング」じゃなかったと教えてもらいました。インドだったかな?ザビエルさんは、最初に鹿児島で布教に失敗した後(僧侶の抵抗で領主言いくるめ、改宗者死罪のきまりが出来た)、やむを得ず五島列島やまだ片田舎に過ぎなかった長崎に狙いを変えて、織田信長に接見しました。フロイスさんは最初から豊臣秀吉に接見成功しました。日本全土を初めて制覇した軍隊の総大将という立場の人と睨んで。その後にエンペラー様(天皇)にも会いたがった(会った)というから「こりゃまた随分冷静に、正しい分析と行動をやってのけたんだなぁ」と思ったものでした。
でも「協力者無し」?つまり「スパイ無し」でやってのけた?。ろくすっぽ言葉も通じない、通訳は中国人。日本人と通訳の間は筆談。そんな中での人選?通訳と筆談なんてやりにくかったでしょうね。彼等も元々宣教師です。もちろん来日の目的の根っこには「異郷でのカトリックの布教」があったことでしょう。布教の過程を書き綴った立派な「日本史」という書籍も残してます(有名じゃないけど「原住民は案外賢い」と書いてくれてる)。
布教の過程にて、この複雑かつ不便な通訳方法に慣れていたのかもしれません。だけど、渡航費用はどこから?国王?ザビエルさんは確かバスク人、ピカソといっしょ。ポルトガルが既に異郷。
ザビエルさんは、指命を受けてスパイを雇用して、そしてあわよくば植民地に、という下心を言い含められてたのではないでしょうか?インドは他国を欺く(あざむく)隠れ蓑です。
つまり、ザビエルさんは調査という下心を抱きつつ、神様のお導きでやって来たのです。言われたことや書かれたことを真に受けてはなりません。一捻りあるものです。対策法は容易い(たやすい)です。視点を変えて見るだけ。これを日本史視点で見たら「カトリックの布教」、世界史視点で見たら「植民地化の模索」なのです。真相は闇の中です。
これらのことは「たとえ戦争して勝利して、征服統治しようとしても、補給ラインが長すぎて、得られるものとかかる労力と維持費との比較。メリットがない」と判断されたのではないでしょうか?攻めても無駄と見放されたのではないでしょうか?(見放されてラッキーだったかもしれない)。そして、そのことこそが「歴史に興味を持つ」ということではないのでしょうか?
読んだ時は「くそつまらん」としか思えなかったギリシャ神話を、後日思い出す機会に出会って「なるほど、そういうことだったのか」。日本史で教わった外国人との出会いを世界史視点から見たらどう見える?言われたことや書かれたことを真に受けてはなりません。そう見えるだけです。たまに一捻りあるけど、それを無闇に恐がることはありません。日常生活も同じです。深く考えてない一言に惑わされてはなりません。視点を変えてみなくてはなりません。
いよいよ今回のブログもおしまいです。noteをお読みいただいた方、次回は来月1日に掲載する予定です。またお読みください。夢の家のホームページをお読みいただいた方に申し上げます。5年2ヶ月の長きに亘り(わたり)お読みいただいてありがとうございました。私は本当に幸せでした。書いてるうちに「書くことができる自分」というものに気付くことができました。それではご機嫌よう、さようなら。
