menu

長過ぎね?俺の随筆(その5)

2021年6月4日
夢の家

こんにちは。お変わりはございませんか?私は元気です。はい、相変わらず元気です(この「相変わらず」が後に出てきます)。

前回の「その4」のブログは、実は今までで私が一番訴えたかったテーマだったのです。それにも関わらず、こうして掲載されたブログを読み返してみるとわかることがあります。文章を書く時に力が入りすぎて「主題の一貫性」がいつの間にか失われてしまってました。これでは、言いたいことがあっても伝わらないでしょう。ブレブレでした。その3のブログは、言わば「その4を言いたいがため」の布石でしたが、その3の出来は作者的にはまあまあだったのに(うぬぼれ過ぎかな?)、肝心のその4の出来があれじゃあね、と思いました。うーん、真摯に反省します。申し訳ありませんでした。第2次世界大戦の直後に日本文壇界を牽引した文筆家3人衆とは、葛西善三と織田作之助と坂口安吾です。戦争が終り、小説界では私小説が廃れ(すたれ)、長編小説が全盛期を迎えた直前のことです。3人衆の時代はともすると、長編小説の時代に埋没してるんですけどね。時が流れて、長編小説の時代になってからは、たくさんの有名な文士を輩出しました。三島由紀夫も太宰治も川端靖成も安部公房も大江健三郎も島崎靖夫も武田泰惇も野間宏も大岡昌平も吉川英二も中上健二も林芙美子も、戦前からの生き残り組としては伊藤整や谷崎潤一郎や横光利一です。たくさんいますね。彼等が活躍したのは、終戦直後ではありません。しばらくしてからです。私のブログは坂口安吾の「堕落論」という随筆集を参考に書き進めています(もう読んでから40年経ったのか)。でも、私はどうやら坂口安吾にはなりきれなかったみたいです。坂口安吾は珍しいタイプの物書きで、興奮すればするほど心に残る文章を書くことができる人でした。「嘘をつけ」の3連発、カッコよかったなあ。真似したかったなあ。でもこれからは、身の程知らずは慎みたいと思います。

ところで、この文章は実は携帯電話のメール作成機能で作成してるのですが、スマホにしたいなと思ったけど、私は液晶画面を指で弾くことができませんから、「見た目はガラケー中身はスマホ」という「人呼んで、ガラホ」を使ってます。一回一回キーを押すのは面倒だけど、そのおかげで誤字がなくなるから、むしろ助かってると思います。使用してみて思うのは、最近の携帯電話はつくづくよくできてますね。妙な言葉ですが「身障者に優しい」ですね。素晴らしいと思います。もしこれがなかったら、私は何も伝えることができません。出来のよさは、本当にありがたいと思います。そして、失語症にならなくて済んで本当によかったと思いますが、それと同時にこの携帯にも感謝したいと思います。

 

本題ですが、今回は 「幸せって何だろう?」と今更ながら考えてみました。子供でも思いつきそうな疑問です。私もかつて若い頃一度、この答を自分なりに出していました。「幸せとは自由だ。自由に動けることだ。自分で自分の心のままに動けることこそが幸せだ」と結論付けて、長らくそう信じ込んでました。この歌のことを、ほとんどの人がご存じないと思うけど、今から50年前、半世紀も前に、吉田拓郎も「私の足音」という曲でこのように歌ってました。「私の足音は自由の足音、信じるままに動くだけ、何もかもを捨てて」と。大賛成でした。自由=幸せだと。でも最近は、考えれば考えるほど、あながちそうでもないような気がして来ました。自由とは幸せを作り出してくれるひとつの要因には違いないと思うけど、それだけではありません。何かがあるような気がします。何かがあるとすれば、それは真逆のことじゃないかと思います。幸せとは、自由を手に入れるための闘いの日々のことではなく、「幸せとは平凡に暮らせること」ではないか、と思いはじめました。年月の流れと共に私の考え方も変わったのです(トシとったのかなぁ)。何気ない毎日の繰り返しの中に幸せは潜んでいるのではないかと思いました。そうです。潜んでいるのです、隠れているのです。今になって振り返ってみれば「幸せとは自由に動くこと」と信じ込んでる私は、この考え方をいちばん毛嫌いしていました。でも、私の新しい考え方によると、平凡かつ平穏に生きられて初めて、幸せを手に入れる資格があるのです。闘いのように荒々しいものではありません。恐らく「平穏に暮らす運命」がもたらしてくれるのです。ちょっと自虐混じりに言いますが、我々身障者は、嫌というほど「昨日と何ら代わり映えのしない平凡な今日」を生きてますので、考えようによっては、(間違ってる公算が高いのだけど)ある意味では、我々身障者の生きてく毎日こそが幸せなのかもしれません。ええ、確かにちょっと自虐的ですけどね。実際にはどうだか知らないけど。

生き方を指し示す必然という意味での「運命」だから、人によってうまく運ぶ人もあり、ついてない人もいます(私はむちゃくちゃについてないほうかな?わはは、から元気)。冒頭でも申し上げたように「相変わらず元気」と言えるのが一番の幸せじゃないのかと思います。もちろん制約は付きまといます、法律という名の制約が。でも、制約があるということは、そんなに大変な問題なんでしょうか?たとえ法律に束縛されてると言っても、その法律こそが世の中です。時が移り変われば世の中もまた変わり、世の中が変われば法律もまた変わるでしょう。たまたまこのような法律の時代に生まれてしまっただけだと思います。極端な例えですが、北朝鮮に暮らす人々はみんな不幸なのでしょうか?いざ、そこに暮らしてみると、みんなそれなりに小さな幸せを感じてる、もしくは感じられるようにしてるのかもしれません。北朝鮮の人たちは、幸せであるために努力してるかもしれません。諸外国では「日本になんて生まれてしまうと、激しい男女差別のある社会や、人権がない世の中での暮らしを余儀なくされて、幸せな人生を送れない」などと言われてるではありませんか?でも我々はそんなこと感じていませんよね、そこそこに幸せを感じられますよね?それと同じです。要は、気の持ち方ひとつで、幸せにも不幸にもなることができるのではないかと思います。たまたま現在に生まれて来てしまった、それが間違ってるとは言いません。タイミングがまずかったとも言いません。ただ淡々と受け入れようではありませんか。

その他に幸せを感じる瞬間は、何か他にないかな?とつらつら考えてみました。食べ物が美味しく感じられること、たまたま見かけた景色が美しいこと、聞こえて来る音楽の音色が心地よいこと、自分が好きなことに没頭できること。挙げればキリがありませんが、これらは全て「平穏な暮らし」さえしていたら、もたらされることだと思いました。 例えて言うなら麻雀です。麻雀を知ってる人ならわかるはずと思うんですけど、好むと好まざるに関わらず、麻雀は配牌で勝負するしかありません。配牌には誰の力も及びません。

私は漢文はちんぷんかんぷんなのですが、確か「杜甫(とほ)」という人の漢詩にこういうものが有ったと記憶してます。「国敗れて山河あり。城春にして草木深し」有名な詩ですね。「春望」というタイトルだったかな?(調べるすべはあるのに調べようとしない自分)この言葉を聞く度に、私はこのように思います。この後、確か落涙するんだよな。なんで泣くのだろう?どんな感情を揺さぶられたのだろう?この詩を読んでると、薄々だけどこの詩の作者は「国が敗れて良かった、自然を手に入れられて幸せだ」なんて思ってるフシが見え隠れしてるなあ、と感じられます。国の勝ち負けがそれほどおおごとなのでしょうか?

大切なものは自然だ、平穏で静かな日々だ。年寄り臭いといわれても構わない。山河と比べて、人の世はなんと騒がしいことだろう。そこに城があったら、戦争に巻き込まれて騒がしくて仕方ない、と思ってるのではないでしょうか?

幸せの正体が平穏だなんて、何と面白みがない結論なんでしょうか?1年は長いかそれとも短いか、世間ではしばしば言われる言葉ですけど、読者の皆さんはどっちだとお思いでしょうか?いつかどこかのラジオで私はこのように聞きました。どこかの大学病院のエラい精神科の先生の見解です。「何かの事件が多かった1年は長く感じる。一方、平穏に過ごした1年はあっと言う間に過ぎて行く。子供の頃は見るもの聞くもの全て初めてで、1年が長く感じられる。大人になると、その中に平穏な1年が紛れ込む機会がだんだん多くなる。だから年を追う毎に徐々に1年が短く感じられるのだ」と言ってました。私とは解釈が違いました。そうなのかなあ、もしもそうなら、その見解に対して盲目的に反対するのもおかしいだろう、と思いました。広く「自分と異なるものの見方や見えかた」を受け入れ続けない限り、人間としてちょっとおかしいと、そういう思いがありました。それ以前の私流の「1年の長さ」の解釈は「6歳児の1年は彼にとっては人生の6分の1だ、でも私のように60歳の老人にとっての1年は60分の1に過ぎない。だから、1年が短く感じられるのだ」と。平穏かつ平凡な日々を送るうちに、少しずつ1年が短く感じられる。短く感じられることこそが実は幸せだ。今回の結論はこれです。一言で言うなら「自由とは、1年があっと言う間に過ぎるほどの平凡な毎日のことだ。」姿が見えないのではありません。すぐそこにあるのです。

 

またしても、の長文でした。私も「懲りないヤツ」ですかね。次回のテーマは「身障者の尊厳」です。それではご機嫌よう、さようなら。