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長過ぎね?俺の随筆(その8)

夢の家

こんにちは。ご機嫌いかがですか?私は「ご機嫌くらいは安定したい」と願いながら毎日を過ごしています。早速ですが、またもや私の長すぎる随筆を書き進めようと企み(たくらみ)ました。「たくらみ」なんて言うと、悪事でも企て(くわだて、たくらみと同じ字を使う)ようとしてるみたいです。どうぞ覚悟してお付き合いください。今回のテーマは「障害者それとも障がい者?まさかの障碍者だったりして」です。

今回は、かつて私が知り得た雑学についてお話ししましょう。私がまだ健常者の頃、ある新聞(はっきり言ってASAHI新聞)に「今後は障害者のことを『障がい者』と表記する」と書かれてました。この、 健常者にとっては 意味がわからなくて(ピンと来ないんですよ)、なんてことないこの記事に、何故か惹き付けられました。何故なんでしょね?自分でも何故惹き付けられたのか謎です。この時私は、まさか自分が将来障害者になってしまうとはつゆほどにも思ってませんでした。誰が言い出したのかわからないけど、障害者という言い方は「障害者は害をもたらす人」と思われがちなので、害の字を、他の文字に改めるべきだ、という意見があったと書かれてました。その時はそうは思わなかったけど、障害者の身になってみるとひしひしと感じます。随分、乱暴な話しですよね。「ありがた迷惑」な話しですよね?障害者とは害をもたらすと思われがち?がち、だってぇ?誰がそんなこと思うんだ?俺自身はたぶんきっと害ではないし、今、俺の周りにはそんなやつはいない。誰の周りにもいないよ。聞いたこともないよ。と思うばかりです。国会議員の「センセイ」と宣う(のたまう)人あたりがおっしゃったのですかねぇ。そこでお役人は一生懸命に考えました。「碍子(がいし)の碍はどうだろう?障碍者、うん、悪くない、碍の字を当用漢字にすればいいだけだが、当用漢字への認可に持ち込めるだろう」。 もともと障害者のがいは、この碍の字で書かれた、という一説もあります。害をもたらすと言い出した国会議員のセンセイも、馬鹿じゃないだろうから(むしろ学力は優秀?)案外このことを知ってたのかもしれません。知らなかったのはお役人だけかもしれません。私は今でもこの説(障碍)には反対です(私のことなんかどうでもいいか)。お役人は 早速、文部省の下部組織である「当用漢字を決める組織」(正式名称は忘れた)に諮られたそうです。記事によると、どこかの大学の偉い先生方で構成されてるらしいです。そこで出ましたお役所の伝家の宝刀、「聞いてないよ、そんなこと。はい、不認可」私に言わせてもらえるなら、これは決定的に根回し不足です。当用漢字に認可されませんでした。しかし、何故か「害の字を消せ」の命令だけは生き残りました。センセイの圧力でもあったんですかね?私の足跡を残せ、と。このようにして「障がい者」の出来上がりです。もう少しで障碍者になれるはずでした、いや、ならなければならないはずでした。さて、あなたはそれを受けて「なれてもなれなくても異議なし」ですか?

話しはガラッと変わりますが、中華料理の副食、つまり「中華料理のうちおかずと呼ばれるもの」のことを「点心」と言いませんか?飲茶(やむちゃ)と点心とを混同してる人もたくさんいらっしゃると思います。混同したのは、ミスドが一人で突っ走ったせいですかね?正しくは飲茶は文字通り飲み物(食べ物は含みません)で、点心は定時以外に口にする食べ物の総称です。餃子・焼売・小籠包など、米粉あるいは小麦粉の皮で包んだものから、月餅のようなお菓子から、スルメや干し葡萄やヒマワリの種のような乾きものまで、突然の来客をもてなす全ての食べ物が点心です。点心の正式な言い方は、一点素心と言います。素心とは「素の心もしくは、ありのままの心」という意味です。素の心がなくては、おもてなしの気持ちが伝わらないそうです。おもてなしの心のためには「3割程度の侠気」が必要だそうです。あんまりたくさんは要らないのですね。ちなみに侠気とは「この人を想う」の心だそうです。うーん、わかったようなわからなかったような。あなたはこれで満足ですか。

言葉って、難しいですね?いちいち翻弄されます。意味を知らないことがありますよね?そんな時にいちいち調べないです。「わかった」と「わからなかった」の妥協点をさ迷ってしまいますよね?わかったつもりになりたいですよね?このような「ブログ」に、ものを書かせてもらってる身分としては、私も文筆家の端くれに並べていただいた限りは、うまく言葉と折り合いたいと思っています。

ああ、今回も果てしなく長文になりました。もしかしたら予定通り?まあいいです。諦めました。最後までお付き合いくださってありがとうございました。それではごきげんよう、さようなら。